霧島の観光(歴史)について
霧島市は薩摩地方と大隅地方、また宮崎県を結ぶ交通の要所で、国道・鉄道などの交通手段が発達し、古くから鹿児島県内有数の都市として発展してきました。さらに戦後、鹿児島空港が開港し、九州自動車道が開通したことから、その地理的好条件を生かしてハイテク産業が発展しました。観光名所は数知れずあります。また日本百名山の霧島連山や、鹿児島神宮の初午祭、日当山温泉や妙見温泉などの温泉で知られる観光都市でもあります。歴史を感じさせる場所や、時代の先端を走る観光名所でも有ります。 古代、隼人(はやと)と呼ばれる民族の居住地でした。隼人はヤマト王権の中央政府に対する抵抗を繰り返していました。しかし、ヤマト王権による支配力が強まってくると、隼人族の抵抗は弱まり、国は分裂していきました。 文治元年(1185)、島津荘の地頭に任命された島津忠久を祖とする島津氏が薩摩国・大隅国・日向国守護を領有するようになりました。島津氏は代々優れた当主を輩出し、世に「島津に暗君なし」と云われ、鎌倉から明治に至るまで国を守り通しました。 江戸時代に入ると薩摩・大隈は薩摩藩に領有されました。幕末には長州藩と同盟を結んで倒幕運動を展開し、明治維新を成し遂げました。その後は政府や軍内に薩摩閥を形成し、明治以降長く日本の政治を支配しました。 太平洋戦争後になると、鹿児島空港が開港し、九州自動車道も開通するなど、交通の要衝として大きく発展しました。その地理的好条件を生かし、高度技術集積都市を目指すテクノポリスの指定を受けて、国内のハイテク企業が進出し、工業都市として大きく発展を遂げました。 *=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*= 〜霧島神宮の歴史〜 霧島神宮の歴史について少し記載いたします。 天祖天照大神の御神勅を畏み戴きて三種の神器(皇位の御璽)を奉持し、高千穂峯に天降りまして皇基を建て給うた肇国の祖神<天孫瓊瓊杵尊>をお祀りしているお社です。 海抜五〇〇米の此の地からは遥か錦江湾、桜島、開聞岳の眺望が実に雄大であります。高千穂峯(標高一、五七四米)頂上には神代の旧物”天の逆鉾”があり、中岳、新燃岳、韓国岳一帯はつつじ「みやま霧島」で有名です。 霧島の観光名所を挙げればきりがありませんが、少しでも皆様に霧島の良さをお伝えできればと思います。 |
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